家庭菜園の果物で大失敗!気まずいムードが漂った件

私の家の庭には、ハッサクの木があります。それが数年前大豊作になったので、親しい友人にあげたり、離れて住む息子夫婦に送ったりしました。素人が家の庭で育てた家庭菜園のハッサクなので、売っている物に比べれば見劣りしますし、味だって多少負けてしまいますが、それでも私からすれば、自家製無農薬で安全だし、「これは結構イケるんじゃないかしら?!」と思っていたのです。友達も、喜んでくれました。
その後すぐに急な用事が出来て、息子夫婦の家に行くことになりました。その時はお嫁さんのお母さんも来ていて、彼女は娘を手伝って、わたしをもてなしてくれました。みんなで和やかに食事をした後、お嫁さんのお母さんはデザートにハッサクをむいてくれました。それは私が先日送ったハッサクでした。
あら、これは私があげたハッサクね、わたしがそう言おうと思った瞬間、お嫁さんのお母さんがこう言ったのです。
「このハッサク、味見したらあまりおいしくないんですけどね、どうぞ」と・・・。
彼女はこのハッサクが私が送ったものだとは知らなかったので、本音を言ってしまったのです。
すぐにお嫁さんがあわてて、顔を真っ赤にしてとりなしてくれたのですが、おかあさんはおおあわてだし、私もどんな顔をしたらよいのやらわからず、ものすごく気まずい空気になってしまいました。
友人たちもみんな喜んでくれていましたが、あれは気を使っていたのであって、本当はたいしておいしくないものを押し付けられた、と思っていたのかもしれません。今は家庭菜園はブームですが、収穫物を人におすそ分けする時は、気を付けようと思った気まずい一件でした。
あ、今日は秋葉原で処方箋のお薬をもらいに行く日でした。出かけてきます

学食の雰囲気にて気まずい雰囲気

よく私は、大学の食堂でお昼ご飯を食べに行く時の話です。それは、ある日の時にお昼ご飯を食べようと食券に行ったら、友達がいて声をかけようとやりとりしたら、めちゃくちゃ気まずい雰囲気になってしまいました。そして、気まずい雰囲気をなんとか立ちはだかろうと、別日にご飯を食べに行こうと、何度も挑戦していますが雰囲気に負ける日々。なんとか、気まずい雰囲気に負けないように、2回3回目に入ろうとするとなんとか雰囲気に負けてしまいます。すると、4回目でなんとか雰囲気を少しずつ掴めるようになりましたが、50パーセントぐらいしか掴めませんでした。その後、徐々に気まずい雰囲気に掴めていますが、なんとか雰囲気に負けないように毎回変えていますが、8回目で気まずい雰囲気をなんとか掴めてみようと思いきや、あともう少しで掴めることが出来そうな予感があり、この調子で毎回ではないけど、なんとか行けそうな予感だと思いました。迎えた10回目、大学の食堂に行ってそれから雰囲気に負負けない、怪しいことをしない、ストーカーみたいにウロウロしないように、待ってたらSNSからやりとりの連絡が来てびっくりました。すぐに、気まずい雰囲気からなんとか脱出できる予感が出来るぞと思い、やりとりを続けたら、それが身につくようになり、なんとまた誘われるようになりました。そして、昨日私はお昼ご飯にその子を誘おうとしたら、かなり物凄く気まずい雰囲気になってしまい、挙句の果てにやりとりが途絶えてしまいました。なんか残念なので新しい出会いを求めて栃木でアルバイトをはじめることにします。

好きだった人が実は。

私には好きな人と嫌いな人が職場にいました。態度に出すほどではなかったのですが、意識をして敢えて平等にのいうのを頭においていつも相手していました。好きな人は背が高くて、相手もおもしろくて喋るのも盛り上がります。相手も好意があるのはわかっていたので余計に楽しかったです。逆に嫌いな人は、嫌いということをわからないように敢えて話しかけました。仕事はとてもできる人で、めちゃくちゃ頼りにしていました。私が失敗をしてちょっと嫌味を言ってくることがあったのですが、それは聞かないふりをしたりしていました。
そんな中で働いていたのですが、ある日飲み会があったので飲み会の席でその好きな人と嫌いな人の3人に角の席に集められました。私が好きという人のことを知ってる同僚が一人いたので、それが敢えてくっつけてくれたのです。ただ、嫌いな人は知らないので必然的にその席になりました。嫌いな人はそこまで喋る人じゃないので、相槌も打たずにそこにいるだけでした。私は飲みすぎて、トイレに行って帰る時に同僚が二人が飲みすぎてる!と言ってて、好きな人はあまりその人のことは好きじゃないみたいなので私が守ってあげようと席に戻ると、好きな人がどっかに行ったのでまたトイレに戻ると、好きな人と嫌いな人がめちゃくちゃキスをしていました。なんやかんやで二人は内緒で付き合ってたのです。今にもやりそうな感じで、私はそっと自分の席に戻りました。そのあとちょっとましてから二人が時間差で戻ってきたので、私は同僚の近くに座って難を逃れました。
後日庭のリフォームの職人の人が好きな人に似ていてまた思い出してしまいました。

プライドが高い同期に敵対心を向けられ気まずくなった

私が今の会社に入社したのは5年前。転職組だったので3つ年上の同期がいました。とてもしっかりして仕事ができる人だったので、イラストを依頼するときとか何でも相談していましたし助けてもらう事が多かったです。
そんな中、その同期が産休に入ることになりました。おめでたいことではありますが、正直私は「同期がいなくなって大丈夫かな」と不安がありました。ですがやるしかないと思い、同期がいない約2年の間なんとか頑張りリーダーまで上がることができました。後輩達もとても良い人たちで、年齢関係なく頼ってきてくれるので頑張ろうという気持ちでした。
そして同期が復活した頃、次は私が産休に入ることになりました。周りの子達は「いなくなったら不安」と言っていたので、同期がしっかりしているから大丈夫と伝えて1年間お休みをすることに。
この後の復職のとき、気まずい思いをすることになるのです。私が復職する時には私がいたチームは人がいっぱいだったのですが、上司と後輩達がどうしても私に戻って欲しいと話していたらしく、同期を他チームに移動させて私が元のチームに戻ることになったのです。どうやら私が休んでいる間、同期は「私が変わりだから」とリーダーでもないのに仕切って全部従えとパワハラのような指導をしていたと言うのです。上司にもキツく当たることが多く、よく喧嘩になっていたのだとか。
だから私が戻るタイミングで他チームに移動させたのでしょうが、本人は「私はいらないんだ」、「あの子が帰ってくるから」と周りにも話していたようで、戻ってからも2ヶ月はシカトや目があっても挨拶無しなど気まずい空気が続きました。私は仲良くしたかったのですが、「良い子ぶって」と言われているのを知ってから気まずさがアップしましたね。

真夏の車内でおきた悲劇

習い事として半年ほど前から着物の着付けを始めました。その教室は少人数のコースで、教室が終わった後に受講者通しで喫茶店に行くなど、受講者通しでコミュニケーションをとることも出来ており、非常に心地の良い空間でした。そこで出会った母くらいの年齢の女性、年は違うものの同じ着物という共通の趣味で仲良くなりました。私は現在母と離れて一人暮らしをしているため、実際に自分の母のように感じることもありながら、仲良くさせていただいておりました。その後2人で着物を着て遠方へ遊びに行くことに。その女性の息子さんが送り迎えをしてくれるということとなりました。実はその方の苗字を聞いた時点で少し嫌な予感はしていました、あまりない苗字でしたが、私の地元とは少し離れていた土地であったため、まさかとは思っていました。当日、迎えに来てくださったその方の息子さんは学生時代に別れた元彼でした。しかも別れ際は賃貸なのに洗面台だけリフォームしたいと完全に私に非のある大げんか。母であるその女性が「あなたと年も近いんじゃない??この子もまだ独り身なのよ?」と車内の雰囲気を盛り上げようとしてくださっていましたが、おっしゃるたびに車内の温度は急降下していきました。これほど早くおりたいと思った車はなかったです。その女性にもその息子さんにもなんの非がないことも十分わかっていますが、その旅行以来つい疎遠となってしまいました。これほど気まずいと思った車内は今後も経験することはないと思います。

社会人になれていない社会人

一部上場企業に勤めていたころ、ある日スマートフォンの調子が悪くなり、電話もメールも使えなくなったことがありました。
その際に、会社のアドレスを使い付き合っいる彼に劇団四季のチケットを取ってと至急の要件を連絡しました。
すんなり返信もきたことにより、その日は何がもなく終わったのですが、若く社会人生活を甘くみていたわたしたちは、その後も数回会社のアドレスを使い連絡をとったりしていました。
その内容の中には幸い、会社の悪口ですとか、上司の嫌なところですとか、わたしには全くなかったので書くこともありませんでしたが、わたしたち同士の愛情表現(たとえば、好き、愛してる等)を書いてしまっておりました。
上場企業という事もあり、本社のシステム化にはすぐに情報が入っており、わたしの勤めていた拠点のトップにも話がいきました。
上司に呼ばれ、「会社のメールアドレスで仕事がいない連絡を取ったりしてないですか?」と聞かれました。とっさに黙ってしまいましたが続けて「私(拠点のトップ)は別に構わないとは思っているが、常に何をしているか把握されてると思ったほうがいいかもしれないね。プライベートでも充実しているのはわかるが、一社会人としとの自覚を持とうか。私(拠点のトップ)も本社にメールの内容を言われて照れ臭くなってしまったよ」と言われてしまいました。
当時は社会人一年目ということもありすごく甘くみていた部分が多く、今振り返るとなんて社会人だ。と反省しえいます。

煙草と旦那と私の因縁

今の旦那と付き合ていたころ、当時旦那は煙草を吸っていて、食事やデートの際もいつも喫煙席に案内された。旦那の煙草は煙が少ないので隣で吸ってても大丈夫だったが、私は周りに煙草を吸う人がおらず煙草が苦手だったので、3か月ほど頑張って我慢していた。ある日焼き鳥屋に行った際に喫煙席になり、炭火の煙と周りの人の煙草で気分が悪くなり店内で「もう無理だ」と泣き出してしまった。旦那は我慢強く私の話を聞いてくれたが、泣いている原因は炭火の煙が目に染みて痛いのと、換気扇があるのかないのか隣のお姉さんのかなり煙の多い煙草がほとんどこっちに来るのでけむくて息を止めていたけどそれだとせっかくのごはんがおいしくないのと、旦那と向かい合わせで座っているけど机が大きくて距離があるのでそれを伝えられないこととか色々あって、泣いてしまった。泣くとしゃっくりするのでまた煙を吸ってしまってむせるし煙で涙も出るし、狭いお店だったから隣の席も近くて、多分私が罠していることは隣の席にも聞こえていたと思う。店が煙いとか換気が悪いとか行ってしまったし、お店の人にも周りの人にも気まずい思いをさせてしまったし、旦那は私が煙草を我慢していたことに気づけず我慢させていたことがショックだったと店の外で謝られた。こっちこそと謝ったが、もともと煙草は結婚までにやめるといっていたので少しずつ減らしてもらうつもりでいたので、これを機に禁煙すると旦那が宣言して箱ごと煙草を捨て、家に残っていた煙草もすべて破棄したと聞いて無理させてしまったことが申し訳なかった。今は時々外で煙草を吸って帰ってくるようになった。